香椎夏祭りクイズ – 回答 –
香椎夏祭りクイズ – 回答 –
香椎夏祭り、楽しんでますか!?
それでは回答します。
みんなが毎日使っている「持ち手の横から毛が出ている」歯ブラシの形は、
今から130年以上前の明治23年(1890年)に日本で初めて作られました。
それまでは、次に紹介する「まっすぐな棒」のような形をしていたので、この年に大変身を遂げたことになります。
その後、形や材料がどんどん進化していきました。
いまの歯ブラシができるずっとむかし、江戸時代やそれより前の日本人は、ちがう道具で歯をみがいていました。
① 歯木(しぼく)
② 房楊枝(ふさようじ)
明治5年(1872年)になると、房楊枝の形はそのままで、材料を大発明した「鯨楊枝」というものが生まれました。
これは木の代わりに「クジラのひげ」で作られていました。クジラのひげは黒っぽくて、水に強くてとてもじょうぶだったため、むかしの高級歯ブラシとして大活躍しました。
むかしの人たちも、おうちの近くにある木を工夫したり、クジラの体の一部を使ったりして、一生懸命に歯を大切に守っていたのですね。
最後に、寝る前に歯を磨いたら、虫歯予防にフッ素処置を行ってくださいね!
フッ素処置をすることで、虫歯になりにくく、硬い丈夫な歯になりますよ!
香椎夏祭り、楽しいひと時をお過ごしでしょうか?
それでは大人のクイズの回答を致します。
今の感覚からすると「えっ、せっかくの美人(と伝わる)なのに、歯を真っ黒にしちゃうの!?」と驚いてしまいますよね。しかし、戦国時代の筑前(福岡)を揺るがした最強の女城主・立花誾千代姫にとって、お歯黒には現代とは全く違う「深いワケ」がありました。
おじさま・おばさま方も思わず納得する、お歯黒に隠された3つの真実をご紹介します。
戦国時代の武家社会において、お歯黒は「成人」や「既婚」の証でした。
誾千代姫はわずか7歳で立花山城の城主になり、後にあの「西国無双」と恐れられた立花宗茂をムコに迎えます。周囲の屈強な男たちを従えるトップの女性として、「私は一人前の大人のリーダーである」という威厳を示すために、お歯黒は絶対に欠かせないマナーだったのです。
当時の戦国武将の中には、戦場で討ち取られたときに「見苦しい姿を晒したくない」と、男性でもお歯黒をして戦う者がいました。誾千代姫もまた、秀吉の九州平定の際には、みずから鉄砲隊を組織して城を守ったほどの武闘派です。彼女が黒く光る歯でニヤリと笑えば、並の男は恐怖で震え上がったに違いありません。彼女にとってお歯黒は、立派な「戦闘服」の一部でもあったのです。
ここが一番の「なるほどポイント」です。
お歯黒の成分は、「鉄を酢に溶かしたドロドロの液」と、「五倍子粉(ふしこ:お茶のタンニン)」です。
これを歯に塗ると、なんと強力な虫歯予防・歯周病予防になりました。今でいう「フッ素コーティング」です。
戦国時代、歯が痛くては戦になりません。誾千代姫のあの凛とした強さは、お歯黒による「完璧な口腔ケア」が支えていたのかもしれません。
現代のホワイトニングとは真逆ですが、当時の「ブラックニング」は、美しさ・強さ・そして健康を兼ね備えた、大人の最先端コスメだったのです。
次に立花山城の跡地を見上げるときは、ぜひ「誾千代姫の黒く輝く白い歯(?)の笑顔」を思い出してみてください。
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